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ムービー

2011年1月13日 (木)

【転居のおしらせ】2010年版は終了いたしました。

 自分でケータイでブログを見ることがあまりないので、気がつきませんでした。
 ケータイからの閲覧ではトップページ「転居のお知らせ」が表示されないようです。

 ここにもう一度転居先を掲載いたします。ご面倒でなければ引き続きよろしくお願いいたします。 

 ご愛読いただきました本ブログは、ココログ容量オーバー(ぶつぶつ)のため2010年末をもって記事作成は終了いたします。

 今後は以下のリンク先にて、引き続きDragon Age、Mass Effectを中心に、洋ゲーの雨乞いの踊りを踊り続けることにいたしますので、よろしくお願いいたします。

Rain Dancing Vanity

(下のURLは上のリンクと同一です)

http://vanitie2.cocolog-nifty.com/blog/

 こちらのブログ記事への質問やご意見がございましたら、上記リンクへコメントいただけると幸いです。

2010年12月 1日 (水)

カーシュナー追悼。

 「エビコップ」とか思いついた人、拍手w。

 素晴らしいなあ。久しぶりにネットネタで笑いましたw。

 時間帯はずっと早いけど、同じ夜に大体似たような場所で遊んでいた身としては、ちょっと笑えないはずなんだけど。 

 アーヴィン・カーシュナー逝去。合掌。

 映画「帝国の逆襲」は、ナード(オタク)な方面に偏っているimdbの人気投票では、いまだにオールタイム11位と大好評。スターウォーズ・サガではエピソード5が「一番」といわないとファンボーイの間でははなから相手にされない世界でしょうかね。
 ルーカスとはサザンカルのフィルム・スクールつながりで、ルーカスたちを教えるほうの立場だったそうだ。のちにこの作品のオファーを受け、(教え子に仕事もらうのがイヤだったかどうかはわからないけど)一度は断ったのだが、エージェントが「ばかなことをいうんじゃない」と引き受けさせちゃったそうだ。

 なお、今のimdbは日本からみるとローマ字読みの表題にされるというくだらない改良?をされているので、非常に腹が立つ。ローマ字で"Sutâ wôzu episoddo 5: Teikoku no gyakushû"とか読めるほうが異常。でもローマ字つづりもなんとなく変(episoddo ?)なので、暇な日本人の仕業か、またはハンニチの嫌がらせかもしれない。もしサイト側の親切ごかしだとしたらこんなグローバリゼーションは要らないよ。

 ジェームズ・ボンドものでありながら、公式シリーズにナンバリングされていない映画「ネヴァー・セイ・ネヴァー・アゲイン」もなかなかのものだと思う。 
 ヒロインがまだまだ若かったキム・ベイシンジャーだしw。
 これが映画「サンダーボルト作戦」のリメイク(正確にはこちらがオリジナル・シナリオに基づく真正版であり、65年の映画のほうが修正版)なことは知られているでしょうが、共同作者の間でいろいろ係争もあった問題の作品だったようです。

 表題については、007のイメージが固定化されてしまって、その後ろくな作品があてがわれずに苦しんだことに懲りたショーン・コネリーが「ジェームズ・ボンドなんて二度とやらねえ」とのたまったのを聴いた奥様が、「二度とやらないなんていっちゃダメ」と諭したことに由来するんですよね。現にこの作品でやってるしねw。
 ただしオタク連中の評価は低め。この映画自体がキャラクター創造者であるイアン・フレミングに対する誹謗と受け止められているのかもしれない。

 でも代表作は「ロボコップ2」でいいでしょう。
 前にもどこかに書いたかもしれませんが、映画の最後、そこらじゅうメチャクチャな廃墟にした張本人であるオムニ社のお偉方が涼しい顔でその場を立ち去る姿を眺めているしかない同僚のアン・ルイス(本当)巡査がつぶやくセリフへの受け答え。

 この映画全部に通じるテーマを、たった一言で言い表してるのはとても素晴らしいと思います。
 だが、あいかわらずオタクの評価は低い。オタクは人生について何もわかってないんだな。(それとも一作目のヴァーホーヴェン監督が続投できなかったから、それに対する批判もあるのかな?)

**********

「あのくそったれがまんまと逃げ延びてるのに、あたしたち手出しもできないなんて!」

(ラチェット工具を使ってヘルメットの緩んだネジを自分でカリカリ締め直しながら)
「我慢だ、ルイス。人間、完璧にはいかないもんだ」

"That son of a bitch is getting away with it and we can't even touch him. "
[while using a ratchet on his head] "Patience, Lewis. We're only human. "

(「生身の人間(あんた半分ロボットじゃんw)」と、「神様ではない(完全ではない)」というダブル・ワーディング・・・、ああ、無用の説明ですね)

 

 

 

 

 

 

 

2010年8月23日 (月)

ジェフリー・アーチャー冷や汗。

 また引きで申し訳ないが、産経新聞に日経新聞のジェフリー・アーチャーのインタヴュー記事のことが載っていた。
 「日本で私の本が最近売れなくなっているので一瞬ビビッたが、調べるとキングもグリシャムも売れなくなってるから安心した。でも日本大丈夫か?」という内容。

http://sankei.jp.msn.com/economy/business/100820/biz1008200315001-n1.htm

 その後、かつてなら評判の英語新刊が出るとなったら日本語版を実際出すかどうか考えずに版権だけでも闇雲にゲットしていた日本の出版社が最近さっぱり食いつかなくなった、といういつもの「日本はダメになりました」ネタ。

 一方、Newsweek日本語版先週号には、夏恒例の(英語中心だが)読んでおく「べき」書籍特集、編集後記に「日本の書籍出版数は別に減ってないしー、心配ないさー」と楽観的な記述。買収の俎上に載せられている同誌だけにバイアスかかってないかと気にはなるが、これが正しいとする。余談だがもう同誌はジョブズ&アップルとは全面戦争状態だ。

 こういう流れ、つまり日本は内向きに転じているという流れ、ゲーム世界と軌を一にしてるわけですよね・・・。
 「リスク回避」志向だそうだ。「リスク」を定義してから言って欲しいと思いますけど、日本人がリスク・アヴァーターなのはもうずっと昔からそうじゃないのか。

 農耕民族(と決めつけるとして、)は根本的に現実主義者だ。「雨乞い」だって日本の場合、まあ皆がやれっちゃやるけど、心の中で「ふっ」とどこか醒めたところがあったと推測する。調べるとWiki(JP)には日本書紀の記述が引用されている。蘇我蝦夷が「やれっつーからやったけど効果ないからやめ」と諦めたあと、皇極天皇が「そうじゃなくて、こうやるのじゃなくってっ!」とお祈りになられたら突然豪雨がとか。ずっと昔からあまりに日本人すぎて笑ってしまうw。

 本気で旱魃が起きると洒落にならない国・地域はもっとずっと真剣だ。人身御供とかあったはずだし(日本でも動物の生け贄はあったそうだ)。

 記事に「知的好奇心の減退」を憂慮するとあるが、こっちは、それってバイアスがかかってんじゃないのかと憂慮する。欧米の「知」でなければ「知」と認めないのか。翻訳しないのは単に出版社、ゲームメーカーなど送り手側が「今の時代、へくったら速攻終わる」のが怖いだけだ。記事にあるとおり「資本主義の理」なのは同意。

 日本から海外への留学生がここにきて激減とか、(このマルタイ・ナショナル企業全盛時代にいったいいかほどの意味があるのか皆目不明な、もっといえば各国統計の信憑性について検証・正規化されてるのかも不明な)GDP第三位転落とか、資源獲得競争で圧倒的出遅れとか、「滅び行く老大国」とか、ネガティヴィティが本当に大好きな国(正確にはマスコミ)やと思う。

 日本産のサブカル輸出超過は「そうゆうのはアートじゃないし、大のおとなが口にするものじゃないから」サクッと無視されてるのかな。マクロ的に有意じゃないから無視かな。じゃあ海外留学生は適切な指標なのかな。ただ目立って騒いでるだけじゃないのかな。
 日本映画界では「アバター」降臨までは邦画優勢だったそうじゃないですか。

 内向き志向は今にはじまったことではない、別段それでいいんじゃないかと思ってるんですが、ドイツはとっくの昔にGDPで日本に抜かれてますけど今元気だし、滅び行くはずだった大英帝国は都度救世主が出現してなんとかなっちゃうようだし、たかだか10年20年でなにがわかるんだろう。

 「ひきこもり」がオックスフォード大辞書に登録されましたとか、そら日本人(または日本在住の英国人)が押し込んだんだろうし。インターネットも収集の参考にしましたというから、例えばblog数でダントツの日本も当然無視できないだろうし。

 ただひとつ、これだけは間違いない。「老人大国になって何が恐ろしいかというと、老人は誰も冒険したくない、悲観主義者で現状に安住したくなることが多い」ということ。

 悲観主義は伝染する。怖いのはそれくらいかな。

日本人なら必ず誤訳する?

 ネタも夏枯れです。

 本当に困ったら(困ってるけど)在庫処分、懸案だったOriginsヒューマンノーブルの書き直し版でお茶を濁します。

**********

 「日本人なら必ず誤訳する英文」

 まずいきなりご注意。題名だけで買わないように。
 書名は著者がつけるのではないだろうから、こういう脅迫まがいの題名をつけた責任は出版社にあると推定する。
 「必ず」とか失礼しちゃうわね。"Never say never."でしょ。 

 中身は著者が教えてきた塾や翻訳学校で生徒が良く間違える英文の実例と解説集。 
 興味を持たれたら、まず自分に役立つ内容かどうか書店で立ち読みすることをお奨めします。警告はなされた。

 面白い本ですが、例としてあげられている文章は、1)DA、MEの英語がちんぷんかんぷんな人にはやっぱりわからずまったく役に立たない、2)DA、MEを普通にプレイできる人には物足りないかもしれない、というストライクゾーン狭い感じの本です。

 しかも、「英文を具体的な日本語で書き起こす」ことに特化しているので、英文科でも受けるつもりの受験生か、翻訳で飯でも食おうとしている人でもなければ、やはりニーズとしても狭い。

 (自分もそうだったので)受験勉強中の人は(わらにでも悪魔にでもすがりたくなるだろうから)しょうがないとして、こういうもので「楽して英語を勉強しよう」という発想には虫唾が走るし、そんな人はここの限られた読者の方々にはいないと思います。真実は「楽して」ではなくて「楽しんで」ですから。

 過去評判になったことのある「TIME英語でなんちゃら」(表題失念、検索中、見つからないので廃れたかな、「TMIEで読む世界」だっけ?)などを買ってしまって、ああ、みんな騙されるなあ(注)と憤慨した記憶もあるが、それに比べれば格段に面白い。

(注)「TIMEで読む世界」などの上から見下ろす類の本は、TIMEを読めるのにTIMEを知らないか、食わず嫌いで読んでいない人にしか直接的意味がなく、かつそういう人が読めば結局読めるのであまり意味がないという、メタ的にものすごい矛盾を孕んだ本。もっともTIMEの英語が果たして適切なのかとか、そういうスノッブな批判は他の人たちにまかせる。あたしゃそんなことはわからん。

 実は面白かったのは本題の英文例より、著者の言葉。原文どおりの引用でもなく、ルール#1とかは私が勝手につけている。

ルール#1 楽しくやる。
・やっぱ、映画とか音楽とかファッションとか好きなもので覚えるべき。
 (洋物ゲームだっていいじゃないか!w)

ルール#2 楽はできない。
・でもドンくさい文法などもゴリゴリやってとにかく覚える。
 (世の中に「楽して」はやっぱないってことですね)

補足 
・英語の読解力だけでなく日本語の表現(著者は「運用力」という私には馴染みのない表現で言っているが)も両方大事。 

 当たり前すぎて拍子抜け?
 じゃあ、これ以外何を言えと?  

 ひとつだけ批判めいたことも。著者自身、頭が割れるくらい受験勉強をした人らしく、受験勉強を真剣にやった経験があると、(英文を訳す上で必要な情報を)どこまで深く調べなければならないか身についてるが、そうでない人は適当なところで調べるのをやめてしまうので差がつく、というくだり。 

 英語に限らんべよ、それ。
 まあ、でもオタクには得意分野だね。問題は「好きなことで楽しく」やれるかどうか。
 不思議なことに「役に立たないこと」こそ頑張れるんです。

 ユニセフとかユニなんとかとか、予測の当たらないエコノミストのしょーもない英文ばっか読んでるよか、洋ゲームで(気に食わない人は、映画、音楽、ファッション、お好みな分野で置換)覚えたほうが何倍も得しますよ。ああ、ユニなんとかのほうが三度の飯より好きなら何も申し上げませんが・・・。

 たとえセイン・カミュがオドロかかなくても、それが真実。

2010年8月22日 (日)

John Carpenter's Ghosts of Mars

 DA2で用いるという「枠物語」、もちろん古今東西数多くの作品で用いられておりますが、そういえばジョン・カーペンターの「ゴースト・オヴ・マーズ」もそうだったんじゃないかと思い出して観てみた。以前公開時に見たような記憶もあったのだが勘違いだったようだ。"Escape from L.A."(1996)以来彼の作品はリアルタイムでは観ていないぽい。

 最初は、おお、ゲームの"Dead Space"とか、実はここからアイデアパクったのかな?!とか勝手に思って喜んでいたが、それも最初の30分くらいまで。いざ大掛かりなコンバットシーンとなると・・・。

 ひどかった・・・。

 これはちょっと筆舌に尽くしがたいくらいひどかった。
 今丁度やってるのかな、すでにBDで見ていた"Zombieland"のほうが百倍いい。比べるのが失礼なくらい。

 もう年取ると周りの誰も「よしなさい」とは、とがめてくれなくなるんだねえ。といっても1948年生まれ。まだまだ「老害」と呼ばれるには早すぎる。
 B級映画の王者(スーパーB級?)、ヒッピー世代の最後の生き残り、マスター・オヴ・ホラーの末路がこれではさびしい。といってもすでに10年近く前の作品ですが。

 これが「枠物語」であるというのは間違いなく、回想シーンの中に回想シーンが入るなど構造は多少凝っているし、恐怖を煽るシーンなどでは、変わった画像処理などもしてはいるが、戦闘シーンが始まると全て何もかもがどうでも良くなる。幼稚園児のサッカー並みにひどい。
 あまりにひどくて、時折織り込む乾いたジョークも笑えない。もう観てる人が怒るのを通り越して呆れてる。

 劇中物語で語られるラスト数時間からドラマが始まるわけだから、結局誰が生き残るかの興味も奪われ、せいぜいどうやって死ぬかくらいだし、その数少ない楽しみにも実はさっぱり大した工夫もない。

 「枠物語」は、このように使ってはいけないという見本かな。
 カーペンターの作品では"Big Trouble in Little China"(1986)くらいには面白いかと期待しましたがダメでした。すくなくともあっちの映画のくだらないシニカルなジョークはげらげら笑えた。ちゅうか、あんなしょうもないネタをわざわざ撮影しちゃうところに敬意を評していた。

 主役のお姉ちゃん(Natasha Henstridge、スピーシーズなど)が演技はともかく、スタイル最高で格好いいくらいが見所。まあこういう女性パラディンチックなキャラに私が最初から弱いというのもあります。ちなみにジョボヴィッチは女性ローグ風だから外角高め(もちろんストライクゾーン内です)。

 何故自分の作品に必ず「ジョン・カーペンターの」とつけるんですか?と聴かれて、おっさんはこう答えたという。

「だって、こんな映画おれ以外に誰が撮るっていうのよ?」

 だったらますます「冠」いらねえじゃん!とか突っ込みたくなりますよねw。

 なお、カーペンター先生はもちろんまだまだお元気で、"The Ward"なる、これも非常にきれいなお姉さまが登場する(くらいしか私は知らないのだが)ホラーをやられているとのこと。
 まあ、また観ちゃうんだろうなあ。個人的に安心して(ってのも変な表現だが)観れるホラーは先生のやつくらいだし。笑顔で観れるからw。「ジョン・カーペンターの」だしねw。

**********

 これじゃ気が済まないので、お目め直しに"The Book of Eli"。邦題は書きたくないが「ザ・ウォーカー」。

 現在進行形で観ながらこれ書いてますが、ああ、もうビデオゲーム世界と映画世界の(少なくとも映像表現は)もう切り離せないくらい融合し始めちゃってるんだなあ、と思わせてくれる画像。

 もちろんまだまだ映画が上でしょう。そらそうだ、かかってるお金が違いすぎる。

2010年8月14日 (土)

やっと観たインセプション

 むううw。そうきましたかあ。
 もちろんこの手の話は好きですけど、もうちょい複雑怪奇でもよかったかなあ。
 観てる人がこんがらがっちゃうから、ここまでが限度でしょうか。
 すでに付いてこれない日本のくされ評論家が酷評してたりしてますが、バカはほっとこう。

 あとは、そもそも、出てくる人みんな強すぎだいw。
 サイトーって実業家なのにあんな強いのか?

 いや、これはいっぺんみとこ。ぜひスクリーンで。DVD/BDじゃもったいねえ。
 あとやっぱ3dなんていらねえ。2dオンリーで押し切ったのナイス判断(だれも今のノーラン監督には逆らえないだろうしね)。
 
 「続きを読む」の下に。
 当然。観る前に読まないほうがいいと思います。

Bigger_dream_2 
"You mustn't be afraid to dream a little bigger, darling."

「夢は大きく持たなくちゃダメね」ではなく!

「夢なんだからもうちょい派手にやろうぜ」

 かっこよすぎるだろーw。





続きを読む "やっと観たインセプション" »

2010年8月12日 (木)

【ME2】マチュー、フィックス、ではない。

Lots of rumors flying around today that Matthew Fox (from Lost) may play Commander Shepard. Who would you cast as Commander Shepard in a Mass Effect movie?

Matthew Fox

http://www.imdb.com/name/nm0289142/

 そのまんまではないですかw。

 いまのところの噂だそうですが、imdbではもう出演者リストに入っているようです。

 出演作はもちろんLostが有名でしょうけど(まともに見たことはない)、スピードレーサー?
 ただの端役かな。
 いや、Racer X役だw。

 

2010年8月 9日 (月)

アートかアーティスティックか?

 ゲームがアートかといわれれば、「違う」と言い切れるし、むしろ「スポーツ」に近いといわれれば、そうだと答えるかもしれません。アーティスティックにはなりうるだろうけど、アート?
 4Gamerの、これは面白い記事だった。

http://www.4gamer.net/games/036/G003691/20100806089/

 一言で言ってしまうと、「クライヴ・バーカーさんよ、熱くなるのはわかりますけど、あなたがビデオゲーム代表しちゃだめだよ」ということかな。
 そしてもっと代表して欲しい人たちはそんな場所では熱くならないでしょうし。

 自分への縛り上、原文に当たらなければならないので、探しました。
 どうもクライヴ・バーカーが成功したホラー作家である立場からものを言ってるような気がして、あまり賛同できなかった。自分でも「以前ニューヨークタイムズはおれっちの小説を決してレヴューしなかったんだぜ?」とか、なんか恨み骨髄みたいだw。

 さらに成功したゲーム作家ならよかったんだろうけど、以前どこかの記事(これか)に書いたように「いくら著名な作家であるクライヴ・バーカーを呼んできても、小説とゲームライティングとは違うからダメ」という風に引用されるお方だから。

http://rogerebert.suntimes.com/apps/pbcs.dll/article?AID=/20070721/COMMENTARY/70721001

 もちろんこのエヴァートさんという映画評論家(著名だそうです)も、アンディウォー・ホールを例にしてるのは立脚点が結構苦しい気がする。まああっちの人はあのアート大好きだから。一発オールアウト狙いなんでしょうけど。
 恐怖小説でもエドガー・アラン・ポーなら素晴らしいアートになるが・・・、(クライヴ・バーカーのは違うと言いたいのかな)というのもなあ。
 アンディ・ウォーホールがよいならスティーヴン・キングもよさそうな気もするけど。

 著名な映画評論家らしく、次にあげるように映画に関する引用は、なるほどねー、と思わせてくれるものだ。
 4Gamer筆者がいうとおりで、「まず皆のアートの定義が違う」(個人的にはゲームはアートと思えないけど)があって、次に「エヴァートさんはゲームを知らない」が、この行き違いの理由でしょうね。。

 And I like horror stories, where Edgar Allen Poe in particular represents art. I think I know what Stan Brakhage meant when he said Poe invented the cinema, lacking only film.

「ポーが映画を発明したんだ。実際の作品はないけど」

I tirelessly quote Pauline Kael: The movies are so rarely great art, that if we cannot appreciate great trash, we have no reason to go.

「映画で偉大なアートと呼べるものなんて滅多にないんだ。だから人々が映画館に行き続ける理由は、皆偉大なゴミクズが大好きだってことだよ」

"Spiderman II" is one of the great comic superhero movies but it is not great art.

「『スパイダーマン2』はコミック・スーパーヒーローものの傑作のひとつだ。でもアートじゃない」

 いや、あれが「傑作」といっていただけるなら、アートじゃないとか、ライミがアーティストじゃなかろうが、もうどうでもいいです。

**********

 この論争を検索する過程で全然関係ない記事もヒットした。スペース・インヴェーダーの映画化の話(笑)。

 http://latimesblogs.latimes.com/movies/2010/03/space-invaders-movie-midway-marlowe.html

 さらに4Gamerの筆者の直前の記事。

http://www.4gamer.net/games/027/G002786/20100802017/

 なんだ、"Starcraft"って、世界の半分を韓国で売り上げてんのか。さもありなん。
 やっぱSCIIも安くなるまでまと。

木星にでも行ってたんだろうか。

 一応新聞は購読しています。わりと活字中毒者。
 どうでもいい話は基本ネットで済ますけど。

 例えば出張先のホテルで、あるいは手持ち無沙汰の待ち時間に、たまに普段読まない新聞社の新聞を読むと「え?」と驚くような論調があったりすることもあるが、今回のこれはひどかった。

 山崎正和 「報道の電子化」(読売新聞 地球を読む 2010/8/8)

 すでにネット上に公開していないところが、土俵の外からケンカ売ってるだけの気もするし、この人どんな人か興味すら一切ないが。
 これで検索するとネットのどこかで全文読める。すぐ消されるかもしれないけど。

 あなた、ここ数年の間木星航路にでも出てたんですか?と思いました。
 しかもそれを世界一発行部数が多いらしい新聞が載せてるのは、一体どうしちゃったの?

 人様のBlogはどうでもいい。だが、これを批判する際に「懐古主義者」とかそんななまっちょろい切り口だから本質を見誤る。

 だって懐古主義者なんて、なんの害悪も垂れ流さないんだから放置しとけばいいんですよ。かつてワープロ(今や絶滅危惧種)が日本でも爆発的に普及した頃、必ずいた「毛筆やペンじゃなきゃぬくもりがっ」とか、「一字一字手を動かさないと発想が貧困になる」とかいう、ただのオカルト主義者と同類なんだから。
 確かにキーボートで作文するのとペンで書くのでは頭の使い方は全然違うが、それは自分で必要だ、好ましいと思ったほうを選べばいいんで、他人にとやかく言う必要はない。
 じゃあ、あなた市役所や年金のお知らせや届けはすべてコンピューターのアウトプットだから読まないんですか? ああ、そういうのはぬくもりはいらないんですか。こども手当ては金だけもらえばいいのだろうな。
 懐古主義者批判なんてこの程度でいいよ。
 
 そういう話じゃない。もっと重大なんだ。  

 エリート主義者なんですよ。

 自分の手になるものはこの上なく素晴らしく愚民は拝聴、拝読すべきなんだけど、あんちゃんねえちゃんが親指でこさえてる文章はクソなんです。ツイッターはようするにおならかお漏らしなんです。

 日本中がそうしたあまりあからさまに記載してはいけない生理現象でまみれて、僕のような掃き溜めの鶴は悲しい。お前たちはもっと僕の話を聴かなければならないんだ。これは命令だ。
 そういう話なんだよ。

 デンバーでは地方紙が廃刊となり、記者たちはしょうがないから読者の自発的な投稿をベースにニュース発信をはじめたが、イラクやリーマンの記事はまったくなくなり、デンバーの市街電車の路線や存続の話ばかりになった。
 
 え、それのどこがダメなの?
 アメリカの市長なんて交通渋滞を放置したらすぐクビになるよ。市民の興味として、毎日の通勤や買い物のための移動の安全・安定を願ってるんじゃないの? まずインフラストラクチャーの整備を市(なのか郡なのかグレーター・デンバーなのかしらんが)に期待してるんでしょ?
 それは「低俗」なのか? まあ「小市民的」ではあるけど、えー、だめなんだあ。
 全部のジャーナリズムがこぞってイラクやリーマンばかり書いてるから破綻したんじゃないの?

 「権威」とは知的な分業のための社会制度なんだって。僕は権威ありますけどね、ってことですかね。権威がないと発言してはいけないんだって。だからこの人物にとって、得体の知れない連中が跋扈するネットは忌々しいのだ。まあ事実、自分も入れて何事も90%はカスだけどね。

 あとよ、「啓蒙」って何よ? 劇作家なら「蒙」の意味くらいしってるよね?
 誰が「蒙」なんだろう。少なくともこの人物はその範疇にはいないところからしゃべってるんだろうね。

 こうやって一個一個つっこんでると、楽しんでるのが私だけになりそうなくらい、イヤーな話のオンパレードになってしまいそう。

 最後のほうにフェティシズムのことも言ってますね。「もの」としての書籍や活字媒体への偏愛のことを。
 劇作家という空虚な世界ではやはり拠り所となるマテリアルなものが必要なんだな。
 そこを自戒して、自虐的に哂ってくれるならこちらも笑顔で読めたんだけど。私自身、これを書きながら珍しくクスリとも笑ってない。

 「今のところ日本の新聞はまだ健全だが、それは宅配制と再販制の維持によって守られているからである」そうである。

 健全なんだそうだ。これでか。この文章を掲載してか。

 ジャーナリズムは言論を統制します。当然の権利として。国家がやっちゃだめだけど、「プロ」はいいんだそうだ。

 ほんとに木星にでも行ってもらったほうがいいかもしれない。

追記: こんな記事(この人物のも、このBlogのも含む)読んでる場合じゃなく、「地球村の事件簿」、「仮想報道」ででも検索して、読んだほうがまだ百万倍ましです。

 世界中では、どんだけ頭のいい連中が、どんだけ頭割れるくらい考えて、このメディアの激動期にどのような試みで対面してるか読み取ることができるし、おそらくその試みも武運拙く巨大空母グーグルによってかどうかはしらないけど、片っ端から撃沈されていってしまうんだろうが、ある種の清清しさすら感じることもできます。

東京から

 今年は国民読書年間だそうですが、読書の年間にいかなる意味があるかは良く知りませんけど。
 夏だから読書ということではなくて(むしろ日本の場合もっとも読書に向かない季節ですよねえw)、新聞・雑誌その他で「この夏は・・・」と大々的に取り上げるから、自然と目に入ると言い訳しておこう。

 書名は、

 「東京から 現代アメリカ映画談義 イーストウッド、スピルバーグ、タランティーノ」

 だそうで。
 ながっ!という以前に、どうも本当の書名らしい「東京から」が泣けますね。

 東京でどれだけ何をいくら日本語でほざいても、ハリウッドに一切関係ないわけですから。
 いや東京を貶めているわけではなく、ハリウッドは(なんとアメリカ合衆国内を含む)世界中の個別事情をすべて全部無視してるわけですからね。

 映画会社のロウヤーだけは気にして、内容も防衛的な意味で事前検閲するし、コメンタリーなどでは必ず「発言は作者・演者の個人的見解であり、会社として一切関知もしなければ法的な責任を取る気もない」という告知を出しますが。

 アメリカ合衆国内も無視(捨象)されている証拠のひとつに、注意して見ていると、どこでもいいような都市を描きたい場合、ワシントン州のシアトルである場合が異常に多い。
 サン・フランシスコじゃダメなんですね。あまりに特徴がありすぎるから。LAは論外(あんな都市は地上に一個しかない)。ハリウッドから一番近くて「あまり強烈な印象を有していない典型的な都会」ということでシアトルなんでしょう。
 もちろんニューヨークの話を描きたいならNYを使う、シカゴじゃなくちゃ成立しない話ならそこで撮るんだろうけど、むしろそういう話は全世界に売ろうとはあまり思ってないでしょうね。

 早速注文しよう。

 実は産経新聞の書評(自体は面白くない)で、この本の対談者たちがスピルバーグの「宇宙戦争」を名作としてあげていることに興味がわいたのです。"War of the Worlds"(2005)、なぜ世界が複数形かというとそれは「二つの世界」の間の戦争だからですよね。
 余談ですが"The World Is Not Enough"(1999)も素敵な題名だと思ってましたが(映画は別)、イギリス英語(小説)はこうやってシレッと超素敵な題名をつけたりしてくれますね。これ自体は原作者イアン・フレミングの命名ではないですが、フレミングが007小説のなかでボンド一族のモットーとして用いたラテン語のフレーズの英訳だそうです。
 フレミングに限れば、"You Live Only Twice"(1967)、"Live and Let Die"(1973)、"A View to a Kill"(1985)などはまるで俳句のような簡潔にして洒脱の妙がありますね。特に一個目などは芭蕉の俳句が元である事実をわかって言ってるわけだけど。
 
 いったい、あの映画のどこを褒めているのか、非常に気になる。
 いくら贔屓目に見ても・・・、ないなあ。

 あ、一箇所あった。
 映画後半、(ネタバレしてもいいよね。言っちゃ悪いが「宇宙戦争」の筋を知らない方が悪いんだから)、もう例の侵略マシン(トライポッズ)どもが機能不全に陥ってしばらくしてから。映画前半で奴等の防御シールドにまったく歯が立たず相手にならなかった州兵の生き残り分隊が、ジャベリン(注)数発をブチかまして見事に撃破するシーンですか。
 いや、もうあのマシンどもはいずれ機能停止するのわかってるんだから、(ジャベリンは目視しなければロックオンできないので)わざわざ危険を冒して攻撃などせず放置すればええやん、と思ったけどやっぱり撃破の瞬間には泣けたw。
 カタストロフィーってやつですかねえ。 

(注)FGM-148対戦車ミサイル 

 もうちょっとストライクゾーンを広めに取ると、デヴィッド・リンチやテレンス・マリックなら褒めやすいが、上の書名に出てくる三名がいかに褒めにくいかを語っているようなので、そこに注目ですかね。
 
 ぶっちゃけ「お子ちゃまにもわかりやすくて儲かる映画は相手にされない、ダメなんだよねー」という結論だったら怒るけどね。

 まあ、批評家の対談なんて読む時間あったら、お三方の映画でも見直したほうが有益かもしれませんね。夏こそは映画にぴったりな季節ですから。

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