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2010年8月30日 (月)

ゲイダー氏インタヴュー(2)

 前回の質問をまげて勝手に答えてしまう部分とか、ファイティング・ドワーフという感じですねw。
 余談ですが、誰にも頼まれた記憶もないし、正直自分の趣味でやってるこのBlogですら、話し手の顔や声がわかるのは本当に助かりますね。誰にとってもどうでもいい翻訳とはいえ、言葉を選ぶのは悩みます。「会社の人たち」なのか「人々」なのか、「連中」、「やつら」なのか。プロは文章からだけで判断するのでしょうが、できれば肉声に近い表現がいいにきまってますよね。

 まあ・・・。前提は(英語で話そうが日本語で話そうが)ある程度価値観が普遍的という・・・、これも、ものすごい前提だなあ。価値観が理解可能くらいか。

**********

Q: ゲームを異なるように書くという点について、どれだけの自由が与えられていたのですか?

 少しはある。リード・デザイナーの立場であれば多少なりとも自由がある。もし誰かがシニア・ライターだったら、私は一般的な方針とともにプロットを与え、彼に責任をもって細部まで掘り下げてもらうようにする。

 (リード・ライターではない)彼は、普段、自らキャラクターを創造する自由はない。端役ならいいけど、主要キャラクターはダメだね。主要プロットを決定する役目でもない。さらにもっと若いライターは、もっと細部に関係する計画を手がけるのが基本だ。それが実際に動くようにするのが仕事だから。

 リード・ライターとしての立場なら、もうちょっとは自由がある。「ストーリーとしてあるべき姿はこうだ」というパラメーター群を与えられ、リード・デザイナーがストーリーの総括的ヴィジョンについて話をしにくることもある。

 我々はそこでアイデアをいろいろ弄繰り回す。最終的に、ゲームのストーリーが拠り所とすべきパラメーター群についてひとたび理解したなら、あとは私がストーリーを創造する。

 こうしたパラメーター群の中身には、実際にはかなりの自由があるから、そこは愉快な部分だね。このストーリーを書きたい、とか決めることのできる自由は私にはない。その観点から言えば、自由なんてほとんどないね(笑)。

Q: あなたの創造性に影響を与えるものはなんでしょう?

 ずいぶんでかい質問だねえ。数多くのことに影響を受けているよ。本は読む。BioWareの公式フォーラムで、George R. R. Martin の小説群からは多大な影響を受けていると即答したことがあったけど、今から思えばそのときはそうだったということだろうね。今から5、6年前、Originsの仕事を始めた頃だったから、ファンタジーについてはちょっと燃え尽きていた感があった。George R. R. Martinの本は、ファンタジーの世界を異なる方法で見せてくれたから影響を受けたんだ。

 他の著者も彼と似たような取り組みをしているのは間違いないけど、ファンタジー世界を取り上げながらも、それにより現実的なひねり(spin)を与え、以前読んだような壮大なオペラのようなハイ・ファンタジーとは異なり、政治的な要素にもっとずっと焦点を当てたものでは、自分にとって最初の本だったね。

 それはまったく違うものだと思っていたし、私は全く違うものが好きだ。新しい"Battlestar Galactica"シリーズを作ってるチームは、以前の作品でやられたことを取り上げながら、独自のひねりを加えた。私のDragon Ageの小説が私自身のものだと呼ぶのと一緒だね。

 ファンタジーに関する私のヴィジョンは、皆が以前見た事のあるジャンルの要素を取り上げ、表面上は似たものだが、別のひねりを加えることによって、皆が興味をそそられるような何かを作り出すことだった。

 お決まりの陳腐な使いまわし(clichés)だと、大げさに責め立て大騒ぎするのが好きなファンも中にはいると思う。

 以前見た何かを踏まえて、そいつに分類して、いつもの陳腐な使いまわしだと言う様だね。

 似ていることは良いことにもなりうるんだ。誰かの常套句は他の誰かの原型(archetype)だ。原型をやろうとしてしくったら、そいつは陳腐な使いまわしになる。だが原型を上手に仕上げ、新鮮な形で提示することだって可能なんだ。

 私は総括的なストーリーと比べてすら、キャラクターにインスパイアされがちだ。特にキャラクターが著しく興味をそそる場合だったり、以前見たこともないような場合にはね。

 もしゲームがとても素晴らしいセリフで物語るなら、それは素敵なことだね。"The Lion in Winter"(訳:1968、邦題「冬のライオン」)は今やとても古い映画となった。おそらく私のオールタイムの最もお気に入りだ。ほとんど全編がセリフによっていて、それはそれはとても魅惑的なものだよ。

Q: ヴィデオゲームというメディアについて、またそのストーリーテリングの力についてはどうお考えですか?

 そうね、他のメディア、例えば書籍なら気にする必要もない制限がたくさんあるね。

 これまで小説を二冊("Dragon Age: The Stolen Throne"と"Dragon Age: The Calling")書いた。本を書いてるのであれば、とにかくイマジネーションで思いついたことをなんでもいいから紙に書ける。ところがヴィデオ・ゲームだと、テクノロジー上でも、また実際になにを見せるかにも物理的制約がある。

 ゲームが優れているところはインタラクティヴな部分。パッシヴな(受身の)娯楽では手に入らない。

 受身のメディアでは、キャラクターを眺めていることはできるが。キャラクターの行動を決定しているのが自分であるヴィデオゲームほど強くは感情移入することはできないだろう。ヴィデオゲームでは、君は映画や書籍にはないエージェンシー(agency)(注)を有しているのだ。娯楽の性質を根本から変えるものだと思っていて、またそこがチャンスなんだ。

 (注)以前のインタヴューでも出てきた"agency"。作用、媒介だから、「働きかけ」、そうする力のことなんでしょうね。

 エージェンシーがプレイヤーに対してより直接性・即時性(immediacy)をもたらすものは何であっても、プレイヤーにそこに参画しているという気持ちをより感じやすくさせる効果をもたらす。それは選択によって参画するものである必要はない。これはロールプレイングゲームには固有の部分だろうが、別にRPG以外のジャンルだってストーリーがあっておかしくない。

 多くのゲームにストーリーがある。最近"Uncharted 2"をプレイしたが、素晴らしいストーリーがあるし、自分で選択できなくたって別に構わなかった。開発したNaughty Dogはとても素晴らしい方法で、それでも私がエージェンシーを有していると感じさせてくれた。ある程度さりげない仄めかしを常に用いているのだが、私がそれを感じ、ストーリーに取り込まれていったという事実そのことによって、私は映画を観ているよりもずっと楽しむことができたよ。

 長くなりそうw。続く。

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