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2010年7月24日 (土)

Dragon Age II  モラリティ・チョイス

 DA2の記事については、ゲーム・インフォーマーが独占特集記事を掲載したこともあって、とても積極的です。モラリティチョイスに関する少し長めの記事。新しい情報があるのかどうかわかりませんが、「続きを読む」の下に。
 





http://gameinformer.com/b/news/archive/2010/07/21/good-choice-morality-and-dragon-age-ii.aspx

 全訳は面倒なので、さわりだけ。
 インフォーマーのライターたちはエドモントン(カナダ)のBiowareスタジオに赴き、ゲームのエグゼクティヴ・プロデューサー、マーク・ダラア(Mark Darrah)氏から話を聴いたようです。

 Biowareは、自分たちで流行させた「モラリティ・バー」(the morality bar)を"Dragon Age: Origins"には持ち込まなかった。それによって、難しい判断に際したときに、より微妙なニュアンスをかもしだすことができた。

(訳:モラリティ・バーとは、例えば"Star Wars: The Knights of the Old Republic"(SWTKOR)などで用いられていたものですね。

K_790screen019 K_790screen022_2 
 この画像を探すのにこんな苦労するとは・・・。両方とも画像の左側にあるバーがモラリティ・バーで、このゲームでは「善悪」を示します。

 上の画像が悪い人、背景が血の色に染まってます。下が聖人君主で、光のシャワーを浴びていますね。"Mass Effect"のパラゴン・レネゲイドとは意味が違って、SWTKORでは、本当に悪い人です。MEのシェパードはどっちにしろ善人だけど目的を達成する手法が違う感じですね(説得なのか恫喝なのかとか)。

 "Neverwinter Nights"や"Baldur's Gate"などDnD準拠のゲームだと、モラリティ・バーは善悪と秩序混沌の二つの軸があった(バーではなく、数値表現でしたが同じこと)。

 OriginsではNPCごとに好感度バーはありましたが、一つ一つの判断の良し悪しは示されない。そもそも良い判断とはなにか?とか最後まで示されなかった。訳者の言葉終わり)

 善悪のモラリティ・バーを設定してしまうと、大抵のプレイヤーはどちらかの極限まで突き進んでしまって中間がなくなる。100%どうしようもない悪党か、100%自己犠牲の聖人か。

「モラリティ・バーはプレイヤーに選択を促すものだが、同時に単純化もしてしまう。ある程度、まるでカートゥーンを観ているような世界になってしまう。それが悪いという気はないが、選択を完全に与えないわけではないとしても、いささか選択を容易にしてしまう」

 Origins同様、DA2にもモラリティ・バーは導入されない。主人公ホークがフリー・マーチズで直面する状況はだいぶグレイなものだから。炎に包まれる孤児院を救うのか、ただ見守るのか。そうした重大な判断はハッキリわかる正しい道(正義に基づく行動とその結果)がないからこそ面白い。

「モラリティ・システムを導入するってことは、それは開発チームがプレイヤーにモラルを押し付けているのと一緒だ。善悪の判断なんてしたくないし、プレイヤーにさせたくもない。自分で適切と思ったことを選んで欲しい。そしてその結果を甘受するんだ」

 Originsにおける、レッドクリフ城のコナーの話を思い出してみよう。あそこでは、たった一つの方法だけが心地よい解決策につながるが、一番達成に手間隙がかかり難しい。他の方法を選らんだ場合は何かを犠牲にせざるを得ない。大事なのは母親の命なのか子供の命なのかと悩むときに、モラリティはもはや関係ない。

「強烈なモラリティの幻想を抱かせるゲームは、実はプレイヤーに難しい選択なんて迫ることはできないんだ。もしどちらの選択でも選べるなら、善悪を判断するのはずっと難しくなる」

(訳:つまり、主人公が絵に描いたような正義の味方、ジャスティス、ライチャスネスを振りかざすなら、それはどんな選択を投げられても、事実上一択しかないということ。だったら選択なんてさせる必要すらない。JRPGはこういう方式をとることが多いですね。主人公は常にライトでジャストな選択をしますから、そこで悩む必要もないし、そこはJRPGの売りじゃない)

 ではBiowareは、どのようにして全ての選択が成立する(Viable)ような状況を創造するのか。必ずしも現実的ではなくても、少なくともありえそうと信じるに足る目的を持ったキャラクターを創造することによってである。もしプレイヤーがそのキャラクターが何かを欲しているのはなぜか理解できれば、そのキャラクターの行動を非難することは難しくなっていく。

「くるくる髭の悪党なんて出てこない。登場人物は皆自分が正しいと信じている。何かとても立派な理由に基づいて行動している。もしかしたらそれは間違っているかもしれないが、彼ら自身は良かれと思っているんだ」

 Originsではローゲイン卿が極めて適切な事例だ。オステガー砦の裏切り行為は重大だが、プレイヤーが彼について知れば知るほどその行動の意味が判明していく。彼自身、フェラルデンがオリージャンに占領されている時代を知っていて、かつ、その支配から国を解放したヒーローその人であるのだ。国を愛し、異国の支配に二度と屈させはしないと誓っている。オーレイとの過去の関係によって彼は本当の脅威に目を向けなくなってしまうが、彼の用いる陰険な手口も、すべてフェラルデンのため良かれと思って行っていた。

 善悪は絶対的な尺度でもない。ローゲインは善なる目的で悪事を働いた。DA2のプレイヤーも自らの行動のみならず、その行動を選んだ理由を考えなければならなくなる。

「究極的には、悪はその瞬間の動機にまで落とし込める。
 沢山のゲームにおいて、プレイヤー(キャラクター)のその時々の動機ではなく、結果に対して報酬を与えたり罰を食らわしたりする傾向がある。なぜそんなことをしたのか? お金が欲しかったから。それは悪事の一種だろう。私にとっては、君がお金のためとはいえ、結果的に孤児院を救ったことなどどうでもよい。孤児院を救おうがどうしようが、金のための行動は悪しき心による決断と思うからだ」

 DA2においてホークが行う全ての決断がフリー・マーチズのパワーバランスを左右することになるわけではない。Origins同様、プレイヤーは何層にも入り組んだ決断を迫られ、一人乃至数百人の命を左右する。その決断の規模が大きければ面白いわけでもない。面白いかどうかを決めるのは文脈、すなわちキャラクター、目的、帰結(大きなものも小さなものもある)である。モラリティをただの善悪の綱引き以上のものに昇華させた点が、Originsの最大の強みのひとつであった。DA2は、この本シリーズの銘板ともいえる点を継続して掘り下げていき、Biowareはゲーミングにおける選択の概念をより洗練したものに変えていくスタジオのひとつとして、我々にまた抵抗しがたい新たな驚きを提供してくれる用意があると信じて間違いない。

(訳:さわりだけ、とかいって、またしても結局ほぼ全訳になってる。ほんとは全訳のほうが簡単なんだなあ、やっぱり。)

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