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2010年5月11日 (火)

メタゲーミング

 なにやら日本語読解能力に難のある方から心温まるコメントをいただいたのでありがたくサクッと削除させていただきましたw。
 暖かくなるとうかれて汚い穴倉から出てくるのが増えて困りものですね。

 さて、久々に"Dragon Age: Origins"ネタです。
 発売から半年近く経過しました。日本だけを除く世界中では、まだまだ人気は衰えないようです。ゲームの寿命がどんどん短くなっている最近では貴重なのかもしれない。

 greywardens.comのこの記事は、ロールプレイングとメタゲーミングに関するもの。
 
 http://greywardens.com/2010/05/metagaming-a-grey-warden/

 記事の筆者は、1回目、2回目は選択した結果をそのまま受け入れた。つまり「ロールプレイング」をした。
 3回目のプレイスルーで全ての可能な選択肢を試してから、自分で最も気に入ったものを選んだといいます。つまり「メタゲーミング」をした。
 その間に得た知見を披露してくれてますので、本格RPGを遊ぶ際の参考になるかもしれません。

 個人的には、一回目のプレイはやはり「ロールプレイ」でやりたい。ただしプレイできる時間が限られていることもあり、目標としていたものから(メタゲーミング的に)明らかに外れそうな結果を察知したなら、やはりやり直してしまうこともある。
 エンディングまでどんなにはしょっても40時間強のRPGで、思った結果と違うことになるのがわかっていてやるのは辛いものがあります。

 DA:Oの初回プレイは、わりと自分の選択に従って素直に遊んだほうですが、数回ありました。

 レッドクリフ城のコナーのくだりは、後から違う選択肢があることに気がついたけどリプレイはあきらめた。これは最大のショックであったが。
 ゼブランのくだりでは、さすがにNPCを喪うことを恐れ、やり直した。
 アリスターと女性主人公のロマンスが停滞したことに気がついたときも、だいぶ遡ってやり直した。
 一旦エンディングを終えてから、取りこぼしたバトル(特にドラゴン関係)をやり直し、再度エンディングまで遊んだ。よって最初の主人公のエンディングは二種類あります。大筋に変化がない様に気をつけたつもりですが、このゲームではエンディングに多少なりとも影響が出ます。この記事の筆者の言葉を借りれば、私がやり直したわけは「正典」を追い求めたことになります。

 二回目の主人公からは、すでに「前回とは違う選択を、この後数人の主人公で無駄なく満遍なく選ぶ」ことを目標にしたわけですので、この筆者のいう「メタゲーミング」をやったことになります。

 "Mass Effect 2"でも苦渋の決断がありました。

 ゲーム中盤あたりでNPCの運命がどうなるのか薄々わかるようにメンバーのひとりから示唆される。それから、この先は後戻りできないということもある時点でわかる。
 NPCを誰一人喪わない、"No One Left Behind"を目標にしていたので(この部分だけあげればこれは「ロールプレイング」ですね。パラゴンのシェパード艦長がいかにも言いそうであるから)、どうしようか悩みに悩んだ。

 ひとつにはやはりプレイ時間が限られていること。もうひとつには、すでにこのブログで記事を書き始めてしまっていたことから、手なりのままやった結果で果たして満足できるものになるのかどうかが心配であったこと、が悩む理由。時間が潤沢にあればいくらでも周回できるわけですから。

 結果、ゲーム内で示された方法(こまめにNPCを巡回していけば解決策が暗に示されます)を忠実に実行し、また後半、メンバーの誰かをミッションに任命しなければならないシーンが何度か出てきますが、そこではNPCのアドバイスを尊重した。
 やはり一回目のプレイでは残念ながらエンディングは「正典」にはなりませんでしたが、"No One Left Behind"は達成できた。

 結果だけ見れば「ロールプレイング」のように見えるし、ストーリー選択のやり直しはほとんどなかったのですが、根本的には「メタゲーミング」をやっていたことになるでしょう。

 では、筆者のあげた「メタゲーミング」における知見をひとつづつ、見てみます。
 軽いプロットのバレもありますので、「続きを読む」以降に書きましょう。




Metagaming involves a significant level of out-of-game strategy.

 筆者によれば「メタゲーミング」とはゲーム内の主人公キャラクターが直面する状況に関して、知るはずのない情報を、プレイヤーのゲーム外の経験などを持ち込んで対処することである。
 一人称RPGを、直感的に、その場その場の判断に従って遊ぶことではなく、これから一歩身を引いて遊ぶことであるそうだ。

 たとえば筆者にはオーザマーのドワーフの運命を(以前のプレイのエンディングにあったような)悲惨なものから救いたいという思いがあった。アノーラが為政者となり、デネリムのエイリアネイジに対して政治的に無関心な状態になることも避けたかった。
 最終的にフェラルデンに悪しき影響を与える為政者は選ばないことに決めた。よってアウドゥーカン・ウォーデンは、自分を裏切った仇敵であるベイラン王子を選ばざるを得なくなった。オーザマーのより大きな善のためには、それも仕方がないことだったのだ。

(訳注:この部分、ハロウモント卿ではなく、ベイラン王子を選ぶことが全体善に繋がるかどうか、自分は経験していないのですが、為政者を誰にするかより、鉄砧を温存してゴーレムを活用するか、それとも破壊するかのほうが後に大きなインパクトを与えるのは事実。よって、もしかしたら筆者の勘違いなのかもしれない。
 なお、ブログ主はあの唾棄すべき策略家ベイラン王子はどうしても選べないw。よって悪のプレイまで取っております)

Metagaming gets tricky with romantic interests, however.

 ロマンスは、トリッキーなものになる。会話ツリーを何度もリロードしてやり直して「ばら色」の選択肢を探していくと、やがて、主人公と恋愛対象の関係が断片的に見えて来て、偽りの愛のように感じ始め、あるいは会話をしてるのでなくパズルをしてるように思えてくる。

 ただし、メタゲーミングのロマンスは、エンディングに近づくに従ってさらに難しい選択を迫られる。プレイヤーの個人的欲求と、フェラルデンにとってなにが起きるかの間のバランスを取ることがより難しくなってくるからだ。
 自分のエルフメイジ主人公はぜひアリスターと関係を持たせたいと願っていたが、(訳注:為政者になれるのはノーブル・ヒューマンのみであるので)、ふたりが結婚し、結果アノーラが玉座に着くのは我慢できなかった。よってアリスターを玉座に就け、メイジのロマンスが終わりを告げることを感受した。

 (ブログ主の場合、アリスターを犠牲にすると決めていた(メタゲーミング)のに、女性エルフメイジ主人公が、恋愛関係になってしまった・・・。その前に敢えてゼブランといい仲になっていた(メタゲーミング)ので、アリスターとの関係は築けないと勝手に解釈してしまったので油断していたのですw。
 この時点でエンディングが「悲恋もの」になることは確定・・・。だが、ウィンさんの「ウォーデンは異性交遊禁止であるべき」という姑的アドヴァイスも無視して熱愛を貫き(ロールプレイング)、アーチデーモン戦を迎えてしまった・・・。
 決して正典ではないが、アリスターが犠牲になるエンディングではこの上ない感動的なものになったのでした・・・。)
 

Metagaming also makes complete suspension of disbelief virtually impossible.

 とどのつまり、何度もリロードを繰り返し、戦略的に結果を見直すことに関して、ゲーム内でロジカルな説明をつけることはできない。よほど用心深いキャラクターとしてプレイするのであれば別だが。
 ときとしてメタゲーミングは、本来取るべきものとは全く違った根拠に基づく決断を迫る。
 ランズミートでローゲインを断罪する、あるいはグレイウォーデンに推挙するかを決断する際に考慮すべきことは、(ゲーム内でプレイヤー主人公が)アーチデーモンを討伐する真の方法を知った後では、まったく異なるものになるだろう。
 ゲームの結果に関する「文脈外の知識」を用いることを許してしまえば、プレイヤーがゲーム内世界に完璧に没頭する力は著しく損なわれるのだ。

 だが個人的には、自分はメタゲーミングを選択する。ゲームを反射神経で遊ぶよりも、より良い結果を生み出すと思われるからだ。二度目以降のプレイが、直感的ハック・アンド・スラッシュから、特定の結果を手に入れるため入念に考慮された戦略的行動へと変質するのだ。
 おそらくそれがメタゲーミングを遊ばざるを得ない最大の理由である。それによって自分たちは(メタゲーミングをしない場合にはできない)選択をすることが可能となり、目標を追求することが可能となる。
 事実、自分がこのゲームのカノンストーリー、「正典」をプレイすることができるのはメタゲーミングのおかげだ。他の要素を知っているわけだから。

 不思議なことに、プレイが断片的になってしまうとはいえ、キャラクターが最良の結果を得ることができるのはメタゲーミングだ。キャラクター自身が望むであろう結果に最も調和し、プレイヤーの自分がキャラクターにそうあって欲しいと願う姿にも最も近づくことができる。

 ウォーデン同志、皆はどう思うか? 厳密なロールプレイヤーか、メタゲーミングを柔軟に取り入れているか?

(ブログ主の場合は、DA:Oに関しては珍しく、全部のエンディングを観たいという欲求が強い。よって初回こそロールプレイングが主体であったが、二回目以降はずっとメタゲーミングなのです。
 ところが、ヒューマン・ノーブル・ローグで、どうしてもエルフの村落を皆殺しにはできなかった・・・。メタゲーミング的には必要なアチーブメントなのですが、ロールプレイングの要素を消し去ることができず、無理だったなあ・・・。
 しょうがないので、悪のメイジ主人公で実行するつもりですが、他にも遣り残してる「悪行」は多々ある。レッドクリフ村をあっさり見捨てる、コナーを殺す、などなど。
 本当にメタゲーミングを貫けるのか、いや「悪のプレイ」をできるのか、今のところ言い切る自信がありませんw。)

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