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2010年5月31日 (月)

フェティシズムとしてのパッケージ(4)

 さてようやくゲームです。

 コンソール機ごとのスペックの障壁があるから、パッケージでメディアを販売する方式は、今のところ一番打撃が薄そう。
 iPadのみで販売されるゲームが絶賛されるようなら、個人的に打撃だけど可能性低そうである。

 主題はそうではなかった。
 ゲームのパッケージにフェティシズムがあるか?

 もしないのであれば、いずれネット販売にほぼ全面的に移行となるのでしょう。売り手から見ての悪しき慣行であるレンタルもある程度縛ることが出来る。
 ところが日本ではあまり気がつかないですが、まだまだ世界中ネットワーク自体の問題があるようなので、話はそう簡単でもない。
 このご時世なのに、リアル店舗のGameStopが好調、というのもいかにもアメリカ的。
 なんと一番先を行っているはずだったゲーム業界のパッケージ小売販売が一番古式蒼然としたものになっちゃったのか。

(他と違って典型的オタク商品ゆえに、GameStop店員の店頭トークがいけているからという説も否定できないですが・・・、中古市場の存在を前提にリセール・ヴァリューを考慮した行動でもあるんでしょうね)

 あくまで個人的感覚ですが、ゲームソフトのパッケージ自体にフェティシズムは感じられないのです。
 だってコレクターズ・エディッションとか買ってんじゃん! あれはなぜ?
 むう、確かにそうだが、むしろボーナス装備とか、ちょっとした追加コンテンツとか取るに足らない物が欲しいからだけかなあ。
 とても不思議です。実は映画のBD/DVDにもないです。全部ネットで構いません。レンタルさせてくれるならそれで十分。
 ほんとはこれを解明せにゃならんはずだったのですが、今その理由は「見当もつかない」ので途方にくれています。

 ならばなぜ、わざわざパッケージを買うのか。
 個人的には、ネットワークに完全移行できない理由。その二つは外的要因。

1.そもそもネットワークでデジタルコンテンツとして販売されていない。

 コンソール機のソフトウェアはまさしくそうですね。イリーガルな利用者の問題への対処もあるだろうが、SONYの場合はBDの拡販も含め各社囲い込みしたい事情があるし、上に書いたネットワーク事情もありそう。次世代ではどうなるんだろう。PSPではパッケージ用のメディアはもう捨て去ったようですが。

2.独占販売地域問題がある。
 ソフトウェア輸出(送り手から見て)規制もあっただろうが、今は影響薄いかな。
 
 映画(他映像作品)でもゲームでもコンテンツの翻訳(ローカライズ)が必要、ということから、日本語版の有無に係わらず「独占販売地域」の縛りがあると思われます。
 ゲームの場合、SteamでもD2Dでも普通は「北米のみ販売」に泣かされる。もちろん北米の人も日本語版をネットで買えるわけではないからオアイコですけど。
 日本が世界有数のゲーム大国(映画でも大きな市場)だから、ローカライズの権利は切り売りしとくべという理由なら、そこだけ文句言ってもしゃあない。

 "Alpha Protocol"は、なかなか入荷しないなと思って、ひょっとしたらネットで?と思って探していたら、D2D見て笑いました。

 "This product is available for purchase worldwide excluding China, Hong Kong, Japan, Korea and Taiwan."

 SEGAったらw。もー余計なことするなよー。
 しかしこれは新しいw。中国・香港・日本・韓国・台湾が除かれてる。明らかにSEGA/JP(アジア?)が権利を留保している。(AP自体は、SEGA/USがパブリッシャー)

 そして今のところ評判悪いので、日本語版は・・・ローカライズ中止?w

 映画ですと、Amazon.comからわざわざBD/DVDを輸入してますけど、ほんとはあのネットで視聴できるAmazonのサービスが使いたい。太平洋を混載貨物船でおっちら運んでいただくタイムラグがないし、なぜか通関が「関税払え」と言ってくる恐れもない。環境にもやさしい!(根拠はない)
 でも「あんたの地域は認められてないよ、悪いな」というノーティスが出てお終い。
 もちろん手を尽くせば潜れるんでしょう。一般市民なのでそこまではしたくない。
 
 DVDでは海賊国家とリージョン一緒にされて、(リージョンフリー再生機がぶっ壊れてからは特に)死ねばいいのにと思っていたが、BDではアメリカと一緒だ。だったらみせてくれていいんじゃないのか。
 Amazon.co.jpのテリトリーだからでしょうかね。どこに金払っても構わないからみせて欲しいよー。

**********

 書いているうち、なんとなくわかってきた。なぜフェティシズムを感じないのか。

 自己分析ではやはり音楽CDだけになにか特別な感覚がある(あった)。これは個人的成長過程における何かと関係があるのかもしれない。もう端的に性的な何かでしょうね。今まで書いてきたそれ以外の物には全く感じないのに音楽CDだけにあった。
 そしてそれを引きずったまま、今でも(最近では数こそ少ないが)惰性のようにプラスチックの円盤を入手してるわけだ。それもそろそろ終わりにしよう。音楽データのバックアップさえ取ればいいだけの話だから。

 結局、あくまで個人的な話ですが、デジタルコンテンツ化のパワーに逆らえるほどのフェティシズムのパワーは存在していなかった。
 その商品に関してデジタルコンテンツから得られる効用となんら代わりはしないのに、商品交換効率を損なってまでも、物的崇拝を理由に「現物」を入手・支配したい。それこそがフェティシズムのパワーなんでしょうが、もうその神通力もあまり(最初から?)ないようだ。

 今まで書いてきた商品が、やがて全てネットワーク上で売買・交換される、それを阻止する力はもはや限られている。数少ない大企業の必死の囲い込みを除けば、法規制しかないのかもしれない。
 
 自分が多数派である前提であって、私が倒錯していたら、この話は全部無効なんですけどねw。

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コメント

私は音楽CDを買う派です。理由としては、ネット配信ではビットレートの低いものしか提供されていないからです。低ビットレート過ぎると聴いていて良く無いのがわかったりしますし、また携帯機器向けに調整されていたりするのでCDを買います。パッケージの写真とか特典とかはどうでも良いですね。現状、高品質のデータを得るにはCD買うしか無いからとなります。今後高品質のデータが提供されるとするとネット配信で購入しても良いですが、やはり特定のアプリケーションや業者に縛られたくないのでCDを買う事になるかと思います。買えばその後の加工は私的利用範囲で自由ですからね。特定の曲だけを買うというのは余り考えられないかな。
ゲームのパッケージが豪華になってもソソられない。そこに魅力が無いから。ゲーム内で使える特典等にはソソられない。パッケージはリアルだが、ゲーム自体はPC内の仮想のもの。フェティシズムには形が必要だと思うのです。

 そうですね、音質が違えば「得られる効用が違う」から、同じ扱いをしてはなりませんね。確かにそこは失念してしまった。
 (こっそり言うといまだ音楽をデジタルで購入したことが実はない! 仮眠具アウトしてしまった、ってすごい変換だな)
 あんまり書くとApple民兵にボコられそうなんで避けましたが、iPodとPSP、普段どっちで音楽聴いてるかってと・・・。まあやめときましょうか。
 
 ゲームのコレクターズ・エディッションは、開発へのおひねり、お布施としても買います。コレクター根性はゼロですし。特典てもボロい布マップですからね。 

うちのBlog的にはビットレートどころかiPodで聴くというレベルを通り越していたりもしますが、旧来的なオーディオマニアとは違う形で音楽を聴く層も育っているので音楽不況というのは捉え方の違いに思います。輸入オーディオ機器をボッタクリに近い利益率で売っていた時代はとうに終わっています。そういうビジネスから離れられないオーディオ業界は不況です。CDが売れないってのも時代の変化というか、音楽だけが娯楽だった時代は終わって通信費に吸い取られているだけですよね。通信費にはダウンロードした曲・ソフト・コミック等も含みます。半年に1度の頻度でベスト版何ぞ作っている高音だけの歌手とかばかりを製造してたらそりゃCDも売れないでしょうって、これも業界も構造が時代に置いて行かれているだけですよね。
ゲームかぁ・・・お布施という気持ちは理解が出来ませんが、普通に買うだけですね。おマケに誤魔化されたくはないです。そういえば、日本ゲームは買わないなっと。FO3とかMEとかDAとか日本では中々出てこないゲームが好きなせいでしょうか。

 あ、Blog、たった今見ました。やばいw、iPodのBlogだったんですか。
 失礼いたしました。音楽はアマチュア・プレイヤーだったけどオーディオに詳しいわけでもないんで。
 音楽シーンにリアルタイムでついていくのはもうあきらめてます。CDは売れないけど単曲は売れる。どんどん刹那的、「直感的快感」が支配しているのかもしれないという意味だったんですが。旧態依然とやってるとやられるよ、ってのはどの送り手も一緒ですね。
 ゲームのお布施は、Biowareに上納してるって意味です。ここが作るのやめたらおそらく自分はもうPCゲームから実質引退ですから。

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